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神戸地方裁判所 昭和29年(行)29号 判決

原告 株式会社大和銀行

被告 神戸市長田区長

主文

別紙第二目録記載の保険給付金二百四十六万七千二百二十一円について、原告の訴外神戸護謨化工株式会社に対する昭和二十四年七月十五日附神戸地方法務局所属公証人山崎敬義作成第十二万九千五百十四号不動産根抵当権設定契約公正証書に基く貸金債権元本金三百二十四万二千六百四十九円(昭和二十九年三月六日現在額)が被告の右訴外会社に対する別紙第一目録税額欄記載の市税債権金八十六万百二十円に優先して弁済をうけるべきものであることを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその一を被告のその余を原告の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が訴外神戸護謨化工株式会社に対する別紙第一目録記載の市税滞納処分として昭和二十九年三月十三日同第二目録記載の保険金請求権金額二百四十六万七千二百二十一円につきなした差押処分はこれを取消す。前項の保険給付金について原告の右訴外会社に対する貸金債権金三百二十四万二千六百四十九円(昭和二十九年三月六日現在額)が前項市税債権に優先して弁済をうけるべきものであることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次の通り述べた。

(一)、被告は昭和二十九年三月十三日、訴外神戸護謨化工株式会社(以下神戸ゴムと略称する。)に対する別紙第一目録記載の市税(以下本件市税債権と略称する。)滞納処分として神戸ゴムが訴外興亜海上火災運送保険株式会社(以下興亜保険と略称する。)に対して有する保険金請求権金五百八十四万一千四百十六円に対し差押をなし、神戸ゴムに対する抵当権者である原告は、同年五月二十一日その旨の通知をうけたので、直ちに、右処分を不服として被告に対し異議の申立をしたところ、被告は右申立を棄却する旨の決定をなした。しかし、

(二)、原告は、神戸ゴムに対する現在及び将来の貸付金等債権担保のため、同社との間に、昭和二十四年七月十五日神戸地方法務局所属公証人山崎敬義作成第一二九五一四号不動産根抵当権設定契約公正証書をもつて、同社及び訴外中尾雅彦所有の別紙第二目録記載の物件につき、極度額金七百万円なる順位第一番の根抵当権設定契約を締結し、同月二十日その登記手続を経由し、且つ、右担保物件が焼失した場合に神戸ゴムが興亜保険に対して取得すべき保険金請求権に質権を設定した。ところが、前記担保物件は昭和二十九年二月二十八日火災により一部焼失して、神戸ゴムは興亜保険に対し前項の保険金請求権を取得し、うち、右担保物件の焼失による保険給付額は、別紙第二目録記載の金二百四十六万七千二百二十一円(以下本件保険金と略称する。)である。そして、昭和二十九年三月六日現在で、原告が前記契約に基いて神戸ゴムに貸付けた貸金債権は、元本金三百二十四万二千六百四十九円に達した。

(三)、従つて、原告は、前項の根抵当権の目的物が滅失すると同時に本件保険金に対して物上代位権を取得(民法第三百七十二条、第三百四条)した、そして、地方税法第十五条第八項所定の抵当権には、根抵当権及びその物上代位権を包含することは担保権の本質上当然であるから、前記根抵当権が前記のとおり本件市税債権の納期限より一箇年以前に公正証書をもつて設定されたものである以上、原告の神戸ゴムに対する前記貸金債権は、本件保険金につき市税債権に優先して弁済されるべきものである。しかるに被告はこれを無視して本件差押処分をなし、原告の右優先弁済権を侵害したものであるから、右処分は、実質的に違法として取消を免れないものである。

なお、原告は、本件保険金の払渡前である昭和二十九年四月二十二日(右保険金は同年六月十四日興亜保険より、債権者を確知できないとの理由により供託されている)に右保険金債権につき仮差押をしたから、これによつて民法第三百四条の所定要件を充足している。けだし、同条所定の差押は物上代位物を特定する効力保全の要件であつて、物上代位権の成立の要件ではなく、まして、地方税法には同法第十五条第八項によつて保護される抵当権者が右抵当権について物上代位権を行使するには差押をなしおくべき旨の規定が存しないのであるから本件にあつては元来、原告の右仮差押も要しないのである。仮りに、物上代位権成立の要件として差押が必要であるとしても、右差押は代位物を特定させるためであつて、本件においては前記質権の設定によつて代位物たる本件保険金請求権は充分特定されているからこれによつて差押に代る効力がある。仮りに、右質権に差押に代る効力がなかつたとしても、右仮差押により前記要件を具備している。

(四)、よつて、原告は、本件差押処分の取消と併せ本件保険金より原告の神戸ゴムに対する前記貸金債権が本件市税債権に優先して弁済をうけることの確認を求めるため、本訴請求に及んだ。

(立証省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次の通り述べた。

原告主張の請求原因(一)及び(二)の事実中、原告主張のような質権が設定された事実は争うが、その余の事実及び(三)記載の仮差押の事実はこれを認める。しかしながら、

(一)  原告主張の貸金債権は本件市税債権に優先しない。すなわち

(1)  地方税法第十五条第八項により保護される抵当権には、その物上代位権を包含しない。このことは、右条項が、租税債権優先の例外規定であり、民法の規定に覊束されない地方税法が物上代位につき何等の規定をおいていないことにより明白であり、同項に、「その財産の価額の限度」とは、抵当権設定により証明された財産の価額、即ち、抵当物件の公売又は競売の落札代価を意味し、この範囲内で、右抵当権付債権が地方税に優先することを明示したものであり、また、抵当権設定公正証書のみでは、当該目的物件と代位物の関係は証明されず、他方、事前に、物上代位につき公正証書を作成し、代位物の価額を証明することは不能であるから、若し、原告主張のように物上代位権が前記条項により保護されるとすれば、右代位権の存否及びその目的物の価額につき、事実調査及び証拠認定の権限を附与されていない収税官吏は、この点につき、的確なる滞納処分の執行をなしえないものであるから、物上代位は、先取特権及び留置権と同様に、私法上の債権関係においてのみ認められ、公法上の租税債権関係においては認められないものと解する。

(2)  仮りに地方税法第十五条第八項により保護される抵当権に物上代位権を包含するとするも抵当権の物上代位は、抵当権者自ら代位物の払渡前にこれを差押えることがその成立及び行使の要件であるところ、被告は、本件差押処分により、市税債権額の限度で、神戸ゴムに代位して、本件保険金の取立権を取得し、右は民事訴訟法上の転付命令と同一の効力を有するので、その後になされた原告主張の仮差押は、何等右差押の効果を生ぜず、又仮りに、その主張のような質権の設定があつたとしても、前記差押に代る効力はないのであるから原告は物上代位権を行使することはできない。

(3)  仮りに、原告において前項物上代位権を行使することができるとしても、地方税法第十五条第八項は、同項所定の被担保債権に対し市税債権のみが先取しないことを規定したに過ぎないから、右被担保債権が常に市税債権に優先することを規定したものではないのみならず別紙第一目録記載の債権中、督促手数料、延滞金、延滞加算金、合計金十四万三千八百六十円は、同条第七項により原告の貸金債権に常に優先するものである。

(二)  本件差押処分は、市税滞納処分の執行手続としてなされた正当な権利行使であつて何等違法はない、すなわち、仮りに、右処分が原告主張のような代位権の目的物に対してなされたとしても、右市税債権と原告主張の貸金債権との優先順位は、事後における配分手続の段階で問題とされるべき事柄であり、右差押処分自体の違法事由とはならないから、その取消を求める本訴請求は失当であり、且つ、地方税法第十五条第八項に市税が先取しないとは、右条項所定の被担保債権に、市税が劣後するか又は、同順位に取扱われるとの意味であつて、原告主張の貸金債権が、右の何れに該当するかは、配分処分における被告の認定事項であつて、右処分前にその事前措置として、優先弁済権の確認を求める本訴は、裁判所に対して行政庁に代り行政処分を求めるにひとしく、かように、行政庁に処分を命じこれを監督するような趣旨の判決を求める訴は、三権分立の原則に反して不適法である。のみならず、被告は、原告主張の抵当権の存在を認めているのであるから、いまさら、前記趣旨の確認を求める法律上の利益がないから、本訴確認請求もまた失当である。

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、すべて失当である。

(立証省略)

理由

被告が、昭和二十九年三月十三日、神戸ゴムに対する本件市税債権の滞納処分として、別紙第二目録記載の保険給付金を含む火災保険金債権金額五百八十四万一千四百十六円につき差押処分をなしたところ、原告において主張のような異議申立をなしたが、被告より右申立を棄却する旨の決定がなされたことは当事者間に争いがない。

原告は、本件差押処分が主張の如き根抵当権付債権の代位目的物につきなされたから、地方税法第十五条第八項所定の優先弁済権を侵害した実質的違法があると主張し、右優先弁済権の確認及び本件差押処分の取消を求めるので、まず優先弁済権確認の請求について判断する。

被告は地方税法第十五条第八項に基き原告主張の貸金債権が本件市税債権と同順位又は優先順位のいずれに取扱われるかは、専ら、事後の配分処分における被告の認定事項であるから、右処分前に優先弁済権の確認を求める本訴は裁判所に対し行政庁に代り行政処分を求めるにひとしく、このように行政処分を命じこれを監督するような趣旨の判決を求める訴は三権分立の原則に反し不適法である旨主張するけれども、後記のように地方税法第十五条第八項所定の抵当権が担保する債権は地方税に優先することを法定されているのであつて両者の優劣については行政庁に自由裁量の余地がないものと解せられ且つ元来、行政庁が自主的に裁量権にもとずいてなす行政処分については、これに司法権が介入することは許されないけれども、当該行政処分の内容事項が法規によつて定められて、行政庁に裁量の余地のない事項に関しては、実質上、行政庁に対し、公法上の作為又は不作為義務を確認する趣旨の判決を訴求しても右確認の訴は司法権の限界内における判断事項として許容されるものと解すべきところ、本件にあつては、原告主張の被担保債権が地方税法第十五条第八項によつて保護されるかどうか、換言すれば、同条項所定の抵当権には、その物上代位権を包含するか否かゞ争点であり、右債権と本件市税債権の優劣は、右法条の解釈により決定し、被告において、この点に関しては自由裁量権を有しないのであるから、優先権の確認を求める本訴は、裁判所の適法な判断事項を対象としたものであり、行政権を侵害するものとは認められないので、被告の右抗弁は採用できない。

そこで、進んで、本件市税債権と原告主張の貸金債権の優劣につき判断する。

原告が本件市税の納期一年以前である昭和二十四年七月十五日神戸ゴムとの間にその主張の如き根抵当権設定契約を公正証書で締結し、同月二十日その登記手続を経由したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば、右根抵当権設定契約には存続期間の定めはなかつたが、債務者たる神戸ゴムが、他より財産の強制執行をうけたときは、被担保債権の決算期及び履行期が到来する旨の特約が存したことが認められ、右特約の強制執行には租税滞納処分が含まれるものと解するところ、成立に争のない乙第三号証によると昭和二十九年三月六日大阪国税局が神戸ゴムに対し租税滞納処分をしたことが認められるので同日をもつて右被担保債権の決算期及び履行期が到来したものというべく、同日現在において、原告の神戸ゴムに対する右契約に基く貸金債権元本は合計金三百二十四万二千六百四十九円であつたことは被告の認めるところである。そして右担保物件の一部が昭和二十九年二月二十八日に焼失したので、神戸ゴムが別紙第二目録記載の本件保険金債権を取得したことは当事者間に争がないから、原告は、前記担保物件の一部が焼失すると共に、本件保険金債権につき民法第三百七十二条、第三百四条により物上代位権を取得したものということができる。

そして、同条には、物上代位の行使の要件として、抵当権者自ら目的物の払渡前に差押をなし、もつて、代位物の範囲を特定し且つ第三者保護のため担保権の公示方法を講ずべきことを要求している。原告は、本件保険金に対して条件付質権設定によつて右要件を充足している旨主張するけれども、仮りに主張の如き質権設定の事実があつたとしても、公示方法としては差押に代る効力を認めることはできないので、右主張は容れられないが、原告が昭和二十九年四月二十二日本件保険金債権につき仮差押手続を履践したことは当事者間に争いがなく、それ以前になされた本件差押処分には、債権譲渡又は転付命令の如き被差押債権につき移転的効力はないから、右処分は、目的物の払渡があつた場合に該当しないので、本件保険金の払渡前になされた原告の右仮差押(物上代位の要件はその趣旨より仮差押にても足るものと考える)によつて同要件を具備したものということができるから原告は右代位権を行使することができる。

しかして、地方税法第十五条第八項第三百七十三条第一項、国税徴収法第二十八条第二項但書によると納税者の財産上に抵当権を有する者がその抵当権が地方税の納期限より一年前に設定されたことを公正証書で証明した場合にはその財産の価額を限度としてその抵当権が担保する債権は地方税に優先するものと解するところ、同条項によつて保護される抵当権の内容及び効力については、同法に別段の制限規定がない以上、民法及びその他特別法(本件では工場抵当法)に準拠して定めらるべきであるから、右条項の抵当権には根抵当権を包含するは勿論、その効力が目的物に及ぶ範囲は、担保物件が滅失した場合の物上代位物に及ぶものと解せられるので、本件保険金債権によつて担保される原告の前記貸金債権は、前条項により優先権の保護をうけうるものと解する。

しかしながら、本件市税債権は、別紙第一目録記載の如く本来の市税債権税額金八十六万百二十円、及び、その督促手数料金二百十円、延滞金十一万五百七十円、延滞加算金三万三千八十円を合算したものであるから、右徴収金額のうち、督促手数料、延滞金、延滞加算金は、いずれも地方税法第十五条第七項によつて、本来の市税に優先するものであるから、本件貸金債権は、同条第八項の規定により、特に右本来の市税債権(地方税税額)のみに優先しうるに過ぎず、右督促手数料、延滞金、延滞加算金には優先しない。

従つて、原告の優先弁済権確認の請求は右保険給付金から本件貸金債権が、別紙第一目録記載の税額欄合計金八十六万百二十円より優先して弁済をうけうべきことの確認を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余の部分は失当として棄却すべきである。

次に、本件差押処分取消の請求について判断する。

市税滞納処分としての債権差押の効力は、滞納者の第三債務者に対する債権の取立権に制限を加えると同時に、徴税行政庁が徴収金額の限度内で右滞納者に代り取立代位権を取得(地方税法第三百七十三条第一項国税徴収法第二十三条の一第二項)するに止り、被差押債権につき移転的効力はないのであるから、右処分があつたからといつて、直ちに地方税法第十五条第八項所定の担保権行使に支障をきたすものではなく、且つ、地方税法及び民事訴訟法には、債権の二重差押を禁止する旨の規定が存しないから、被告が前記差押に基き取立代位権を行使して本件市税債権に充当するまでは、原告において、物上代位権に基き、同一債権(本件保険金)につき重複差押をなし、取立又は転付命令を得てその執行を完結することができるものと解する。したがつて右のように、原告は、本件差押処分の存否にかかわらず自己の優先権を確保しうる立場にあるから、仮に被告の本件差押処分に違法があるとしても、原告はその取消を求める法律上の利益を有しない。したがつて右処分の取消を求める右請求は、爾余の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上喜夫 谷口照雄 大西一夫)

(別紙省略)

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